通信教育は、教育活動で圧倒的な成果を学生の中に生み出そうとすると、きわめて制約条件が多く、やりにくい教育形態です。たしかに遠隔地からの学生であると、ゼミ生を集合させること自体むずかしく、各自の素養や認識はばらばらであり、多少の訓練的時間の確保さえ容易でないという困難ばかり目に付きます。しかし、これも考え方、とらえ方、やり方次第で違ってきます。上のように制約条件ばかり目に入りがちな放送大学の論文指導ゼミであっても、そこでの隠れた可能性や資源はまだまだ未開発のように思います。やり方次第では、論文指導ゼミはもっと豊かな可能性があるのではないでしょうか。こう考えてつくりあげてきたのが小倉ゼミの主要な活動です。
2011年度に絞ると、まずはゼミを活性化させるための3つのプロジェクト事業があげられます。この第1は、ゼミ授業の実況中継DVDの制作です。これにより、ゼミ授業を映像のかたちで対外的に発信しようとしました。第2は、ゼミの活動を対外的に情報発信するためのゼミホームページの開設です。これは、外部に向けてゼミ活動を日常的に情報発信する手立てになります。第3は、放送大学における大学院ゼミ教育のあり方を考えるフォーラムの開催(2012年2月18日(土)開催)です。放送大学内でゼミ教育のあり方を探る自主的な動きをつくり出そうとするものです。
こうした少し先を見据える活動を展望しながら、これにゼミの日常活動が続きます。次のようなことです。
ゼミ生には毎回宿題を出します。これについて、ゼミ生はメーリングリストにより、ゼミの前に回答を送付します。ここでゼミ生は、出欠にかかわらず、宿題回答を提出するようにしています。これも宿題をゼミ活動の中に位置づける上で、一つのミソになります。
ゼミでは、優良回答を検討します。すべての回答を取り上げてコメントすることは、一見公平でいいようですが、通信教育の時間がない中でのやり方としてはお勧めになりません。それより、いい回答を取り上げて、それをモデル化し、他のゼミ生にはそのやり方に学ばせるという行き方のほうが教育効果は大きいでしょう。
毎月の宿題は、その場限りのものではなく、フィールドワークの実施とも関連させ、以前のものが当月の宿題につながるようにつくっています。ですから、2011年12月の宿題と2012年1月の宿題の場合はなおさらといえますが、前月の宿題の中身を受けて当月の宿題があるというかたちになっていて、宿題の中身は深化していきます。これは宿題をこなす学生の側からいえば、宿題をやることにより、いつの間にか力がつくようになるということです。
毎回のゼミテーマは事前に明示し、1時間毎の詳細な時間割も事前にゼミ生あてに送付配信します。これはゼミで何をやるかわかる状況がつくられていないと、少なくとも学生の側で主体的に準備してゼミに臨むことはあり得ないからです。したがって、学生を能動的にゼミに参加させたければ、このことはとても大事になります。
定例ゼミを実践的に補完するため、第2ゼミ、第3ゼミを企画立案し、実行しています。通信教育といっても、月1回のゼミだけでは、どういっても実習的部分が抜け落ちてしまいます。小倉ゼミの実践的性格からすると、中途半端な感を免れないところです。そこでこれをカバーするのが第2ゼミ、第3ゼミの役割です。
ゼミ活動の中で実習的なかたちで書く機会を多く設けています。これは毎回のゼミ報告の執筆に限らず、ゼミ活動全体の中で、説明文、報告文などの実用文を多く書いてもらうことです。たとえば、フィールドワークをやり、その世話役、幹事役の役割を担うと、依頼文書づくりや連絡文書づくりなどで書く機会は否でも応でも増えることになります。
毎回のゼミでは、ゼミテキストの『論文づくりの方法論』『日本高純度化学の財務情報を読みとる』の読み合わせ時間も設けています。
2011年度は、前年度と同様に、年3回のフィールドワークを実施しました。8月は大阪での調査ツアーの実施です。具体的には、天神橋筋三丁目商店街、千林商店街、天満天神繁昌亭、あべのキューズモールの調査です。12月は、長野調査ツアーであり、伊那食品工業への企業調査と小布施町へのまちづくり調査です。2012年2月には、日本高純度化学への調査訪問です。これは、2010年11月に引き続き、2度目の調査になります。
このように、ゼミではいろいろなことをやるのですが、第1に重視するのは、放送大学の大学院に進学する院生の状況をよく踏まえ、まずは彼らにゼミに来るのが楽しくなってもらうようにすることです。ここではきわめてささやかな、ある意味ではサークルづくりにも似たレベルの狙いでよしとします。
第2の狙いは、論文づくりを通じてゼミ生の仕事に関する基礎力の向上を図ることです。つまり、多彩なゼミ活動メニューの実行に取り組むことを通し、論文づくりへの取りくみがゼミ生の仕事に関する基礎力向上につながるようにします。これは論文づくりを狭くとらえないという限定つきですが、ゼミ生に明確な実利を提供することにもなります。
第3の狙いは、論文を書くことのイメージの転換です。それは論文を書くことで世の中を変えるということです。論文の中で打ち出した考え方により、世の中を変えるといってもいいでしょう。これが実際にできるかどうかは別にして、小倉ゼミの論文づくりにかける望みは大きいのです。このような思いで書く論文は、当然、「放送大学の大学院ゼミはこんなもの、論文指導ゼミはこんなもの」という既成観念を打ち破るでしょう。あるいは、放送大学大学院ゼミでも「ここまでできるのか!」といった驚きを伴うものとなるでしょう。ここに放送大学の社会人院生が論文づくりに取り組む最大の意義があると考えます。
2012年1月30日 放送大学 教授 小倉行雄